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by zouchan6 | 2017-06-19 07:20 | 旅行 travelling | Comments(2)

ニューヨーク・アート紀行 7 メトロポリタン美術館 ⑤

ニューヨークなので洋画が続いてきましたが、メトロポリタン美術館には日本画・日本美術のコーナーもあります。
「メトロポリタン美術館の日本画」として有名なのは、尾形光琳「八橋図屏風」
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(画像はウィキペディアから)
昨年来日した、鈴木其一(すずききいつ)「朝顔図屏風」
・左隻
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(画像はウィキペディアから)
葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」
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(画像はウィキペディアから)
など、日本を代表すると言っても過言ではない美術品を所蔵しています。
訪問したに見た作品、まずは酒井抱一「桜図屏風」です。
・左隻
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・右隻
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(自ら撮影)
酒井抱一は鈴木其一の師匠にあたります。
尾形光琳から遅れること103年後に神田で生まれた酒井抱一は、光琳に心酔し「光琳を再興しよう」と江戸琳派を立ち上げます。
まず、通常は群生していることが多い桜の木を、右隻と左隻で1本ずつ描いているところに抱一の独特な構図感覚を感じます。
1本1本の樹の存在感は、さながら唯我独尊な武士を見ているかのようです。
そして、両隻、とりわけ右隻では、桜の根幹である幹の下部をあえて描いていないところに、抱一の斬新な空間感覚を見ます。幹をあえて描かないことで、樹の高さも感じます。

次に、俵屋宗達の絵、竹内俊治の文による「伊勢物語図色紙 うつの山」です。
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(自ら撮影)
文は「駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり」と書かれています。
恋歌です。
俵屋宗達といえば、言わずと知れた「風神雷神図」でしょう。
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(画像はウィキペディアから)
「風神雷神図」の構図の大胆さ、立体感が、「うつの山」にも生かされています。
「うつの山」、現在では、静岡県静岡市駿河区宇津ノ谷と藤枝市岡部町岡部坂下の境にある宇津ノ谷峠を指すようです。
伊勢物語の該当箇所を引用します。
「宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つたかへでは茂り、物心ぼそく、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者すぎゃうじゃあひたり。「かかる道はいかでかいまする」といふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。
 駿河なる宇津の山べのうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり」

・歌川広重「東海道 廿二 五十三次 岡部 宇津の山」
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(画像はウィキペディアから)

次は、長沢蘆雪「雪狗子図襖」です。
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(自ら撮影)
長沢蘆雪、2月に「2017年 おすすめ展覧会・美術館②」で紹介しました。江戸時代の絵師で、円山応挙の弟子に当たります。応挙のダイナミズムさを発展させた、個性的な画風と動物の可愛らしさが特徴です。
「雪狗子図襖」は、ほとんど何も描かれていないかのような襖に、左上に峰、右下に仔犬達が薄く描かれています。
「何も描かれていない」のは、決して何も描こうとしていないのではなく、雪を描いたものと思われます。
長谷川等伯の「松林図屏風」に似た、空気感です。
そして、この絵を独特で魅力的にしているのは、なんと言っても雪ではしゃぐ仔犬達の嬉しそうな様子でしょう。
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(自ら撮影)
最小限の線で描いているからこそ、仔犬達の存在感の強さを感じられます。「余分な物を描かず、必要最小限に描くことでモチーフを最大限に強調する」水墨画の醍醐味を分かりやすく学ぶことができる作品です。

置かれているのは古い絵画だけではありません。
千住博さんによる「水神宮」
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(自ら撮影)
イサムノグチ「水石」

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(自ら撮影)

三代目徳田八十吉による「輪花」
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(自ら撮影)
と、現代美術もあります。
また、最近は運慶展、快慶展と仏像ブームですが、奈良国立江戸時代の仏師、木喰上人による不動明王
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(自ら撮影)
院湛による地蔵菩薩立像
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(自ら撮影)
もあります。
西洋美術に比べると大きなコーナーではありませんが、ニューヨークのマンハッタンの中心部で日本美術のエッセンスを感じることができる貴重な一角です。
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by zouchan6 | 2017-06-17 04:29 | 旅行 travelling | Comments(0)

ニューヨーク・アート紀行 ⑥ メトロポリタン美術館 ④

前の投稿から空いてしまいました。
メトロポリタン美術館、訪問順に感想を書いてきましたが、コレクションがあまりに膨大で、紹介するのも、そしてお読みいただくほうも大変かと思います。
私自身、全ての作品を総花的に鑑賞するのではなく、気に入った絵の前でじっくり思索に耽りながら鑑賞します。気に入った絵の前では短くても5分、深みに嵌ると30分は観賞しています。
そこで、コレクションの全容も紹介しつつ、気に入って思索に嵌った絵を中心に紹介していきたいと思います。
最初に紹介するのはニコラ・プッサン「サビナ女の略奪」です。
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(自ら撮影)

ニコラ・プッサンは、16世紀から17世紀(日本では江戸前期)を生きた、バロック時代のフランスの画家です。
題材・画風とも古典主義が特徴ですが、画面に多人数を描く点が特徴です。
この「サビナ女の略奪」も、30人以上はいますでしょうか。
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(自ら撮影)
「サビナ女の略奪」、勇猛なローマ人兵士達が妻を求めるため、サビナの女性を広場に集め略奪した話に由来しています。
左右に人馬が走り回り、激しい略奪と抵抗の様子を、1枚の画布に収めています。
人物・背景などの描写の正確さ、激しさに同調する彩りの多さ、皮膚・衣服などの光沢の質感(筆致)の高さ、多人数の激しい場面をバランスよく納める構図の巧みさ、激しい場面ながらも血生臭さを排除した古典主義的な高雅さ。
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(自ら撮影)
さながら、その場に居合わせたか、映画の一場面を見ているかのような、高い臨場感があります。映画もテレビも無かった当時、この絵は驚きと賞賛をもって評価されたことでしょう。
完璧なまでに多くの要素が盛り込まれています。名画の名画である所以です。

続いて、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「悔悛するマグダラのマリア」です。
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(自ら撮影)
ラ・トゥールは同名の絵を数枚描いています。
・パリ、ルーブル美術館蔵
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(画像はウィキペディアから)
・ワシントンDC、ナショナル・ギャラリー蔵
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(画像はウィキペディアから)
・ロザンゼルス郡美術館蔵
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(画像はウィキペディアから)
どの絵にも独特な雰囲気、魅力があります。メトロポリタン美術館の作品も外せません。
マグダラのマリアは、聖母マリアと並び聖書(福音書)に登場する女性です。
多くは「罪深き女」として描かれています。
暗い闇(夜?)のなか、鑑賞者からは顔をそむけ、しゃれこうべに手を置き、蝋燭の炎を見つめながら彼女が悔悛する姿に、観ている側も惹き込まれます。
クリスチャンではありませんが「毎日の多忙ななか、どれほど反省や振り返りができているだろうか」とも内省させられます。
ラ・トゥールはプッサンとほぼ同世代に生きました。同じフランス人の画家ですが、プッサンとは異なり、少ない人数で、人物を大きく描いています。夜の場面が多いことから「夜の画家」とも呼ばれています。
・聖ヨゼフ(ルーブル美術館)
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(画像はウィキペディアから)
・ダイスの振り手
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(画像はウィキペディアから)
なかでも「悔悛するマグダラのマリア」は、鑑賞者を思索・内省に誘い込む深さがあるように思え、引き寄せられます。

続いて、アーノルド・ベックリンの「死の島」です。

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(自ら撮影)
自分で撮影した画像よりも、ウィキペディアの画像のほうが鮮明ですので、そちらも掲載します
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(画像はウィキペディアから)
この絵は、自分なりの「世界で私の好きな5枚」の1枚に挙げています。
ベックリンの「死の島」は、世界に5枚あります。
・ライプツィヒ造形美術館蔵

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(画像はウィキペディアから)
・旧ナショナルギャラリー蔵
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(自ら撮影)
どの絵も独特な雰囲気がありますが、私はその陰影の深さ、構図の落ち着きなどから、メトロポリタン美術館の作品が好きです。
人間はどの人も例外なく、死の瞬間に向かって生きているとも言えます。
その死後、遺体は「生の島」から隔絶された「死の島」へと運ばれます。火葬が法定されている日本では「荼毘に付される」とも言います。
「そこへ向かって生きている」と知りながら、生きている間は見ることもなく、そこには音も無い「死の島」。
あえて絵にすると、まさにベックリンの描いたような島なのでしょうか。
「火葬と土葬の違いはあるけど、私もこの棺桶のように、この島に向かって生きているのだろうか」と思うと、この絵の前では足を止めざるを得ません。
この絵を初めて知ったのは、今から30年近く前のニューヨーク旅行ででした。
まだ絵のこともほとんど知らないなか、この絵はメトロポリタン美術館 の回廊にひっそりと飾られています。
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(自ら撮影)

回廊を歩いているときに、たまたま目に止まりました。テーマのあまりの強さに、絵の前で長い間立ち尽くしてしまい、死について考えさせられました。
あれから30年近く経った今でも、この絵の前では立ち尽くしてしまいます。
回廊にあるので、ほとんどの鑑賞者が気付かずに通り過ぎてしまいますが、それではもったいないほどの、椅子にでも座ってじっくり観賞しても余りある1枚だと思います。

次は、時代が遡って、カルロ・クリベッリの「聖母と子」です。
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(自ら撮影)
カルロ・クリベッリは、15世紀イタリアのルネサンス初期の画家です。
クリベッリについてはこちらで幾度と採りあげていますのでご存知の方もあるかと思いますが、その精緻な筆、金を中心にした彩りの多さと彩色のバランスには目を見張るものがあります。イタリアルネサンスの初期ながら、クリベッリならではの独特な印象、雰囲気があります。

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(自ら撮影)
こちらは、クリベッリとほぼ同世代のフィリッポ・リッピによる「聖母と子」です。
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(自ら撮影)
リッピのこの絵も、聖母の衣服の色遣い、聖母や子の表情、遠景を交えた構図などに極めて巧みなものを感じます。
こちらは、クリベッリに同じヴェネツィア派のジョバンニ・ベリーニによる聖母と子」です。
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(自ら撮影)
クリベッリに同じヴェネツィア派とあって、陰影の深さ、筆の精緻さなどは似たものを感じます。
3人はほぼ同世代ですが、その活動拠点から、リッピとベリーニはフィレンツェ派、クリベッリはヴェネツィア派と称されています。リッピはボッティチェリの師でもありました。
並べて観賞することで、リッピとクリベッリ、ベリーニの違い、ひいてはフィレンツェ派とヴェネツィア派の差異・特徴も浮かび上がってきます。
このように、美術史に登場する画家の代表的な作品をひと通り集め、広く落ち着いた観賞室のもと、ときには比較しながら、ときには解説を読んだり、内省にふけりながら、じっくりと観賞できます。
「本来、美術鑑賞とはこうあるべき」と教えてくれているかのようです。
これこそが、海外での美術鑑賞の醍醐味です。

メトロポリタン美術館、どうも先へ進めません。
続きます。

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by zouchan6 | 2017-06-10 14:55 | 旅行 travelling | Comments(0)

ニューヨーク・アート紀行 ⑤ メトロポリタン美術館 ③

メトロポリタン美術館、レンブラントの部屋に来ました。

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「フローラ」
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題は”花の女神フローラ”ですが、妻サスキアをモデルに描いたと言われています。フローラは明暗の強い室内で光を浴び、花の冠を乗せ、右手に花を持ち、左手でスカートを手に上げています。フローラの憂鬱げな表情は、花の華やかさよりも、花の命の短さ、儚(はかな)さを感じさせます。
「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」(林芙美子)を思い出します。
「男の肖像(競売者)」
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「東洋風衣装の男(高貴なスラブ人)」

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「ベローナ」

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ローマの戦争の女神です。レンブラントの生きた17世紀のネーデルラントは周辺国との戦争が絶えない時代。戦意高揚のために描かれたのでしょうか。
「ホメロスの胸像とアリストテレス」
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アリストテレスの胸には、家庭教師をしたアレクサンダー大王から贈られたメダルが掛けられています。王から授けられた金のメダルを首に掛けながら、哲学的な思索の精神と引き換えに俗世の名誉、富を得て良いのだろうか。ホメロスの胸像に手を掛けながらアリストテレスが自問自答しています。その葛藤の場面を、レンブラントは強い明暗をもって思惟的に深く描いています。
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「ヘンドリック・ストッフェルス」
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レンブラントに生涯仕えた家政婦ヘンドリック・ストッフェルスの肖像画です。彼女の逝去に影響されてか、手の部分では一部未完成にも見受けます。
「自画像」
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「バテシバの沐浴」
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「ピンク色の服の女」
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一見暗くて憂鬱な表情にも見えますが、「愛と婚姻」のシンボルでもあるカーネーションを持ち、装飾品も豪華なことから、幸せな愛情生活を思わせます。
部屋には、レンブラントの横綱級の作品が並んでいます。
続く部屋には、ネーデルラントでレンブラントの次世代となるフェルメールの絵画です。

メトロポリタン美術館にはフェルメールの絵が5枚あります。訪問時には3枚が展示されていました。
「眠る女」
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「少女」


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「水差しを持つ女」
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「水差しを持つ女」は昨年日本を巡回した 「フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展」で来日したので、ご記憶の方も多いと思います(私は同展を観賞していませんが)。
写真もフラッシュを点けなければ全く自由です。
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展示されていなかったのは、
「信仰の寓意」
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(画像はウィキペディアから)
「リュートを調弦する女」
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(画像はウィキペディアから)
の2枚です。
5枚揃って観賞できなかったことは残念ですが、3枚でもよしとしましょう。
それに、日本で観るのと全く異なり、このスカスカぶりです。
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(脚注の無い画像は自ら撮影)

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by zouchan6 | 2017-05-06 11:10 | 旅行 travelling | Comments(0)

ニューヨーク・アート紀行 ④ メトロポリタン美術館 ②


ロバート・リーマン・コレクションの続きです。
印象派から入ります。
ルノアール「ピアノを弾く2人の少女」です。
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(自ら撮影)
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ルノアール自体は日本でも珍しい画家ではありませんが、彼の一線級、横綱級のコレクションとなると日本では多くはありません。
メトロポリタン美術館には「シャルパンティエ夫人と子供たち」
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「海辺にて」
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「湯浴みする少女」
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「菊の花束」

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珍しく男性を描いた「ユージン・ミューラー」

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と畢竟の横綱級が並びます。
中でもこの「ピアノを弾く2人の少女」は、少女達の腕と楽譜が形成する平行四辺形、前景と背景がもたらす深い奥行き、光沢と色合いの
高い次元での釣り合い、配色のバランスの良さなど、どの点をとっても優秀です。「絵の見本」のような絵で”大横綱”と称したいほどです。

印象派から時代を大きく戻り、ハンス・メムリンク「トマーゾ・ポルティナーリとマリア・ポルティナーリ」です。

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(自ら撮影)
正確な描写から夫妻の上品さ、明るく照らされる夫人からは聡明さも感じられます。

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ハンス・メムリンクは、イタリア・ルネッサンスに影響を受けてヨーロッパ北方で興った北方絵画のうち初期フランドル派(ヤン・ファン・エイク、ヒエロニムス・ボス)を代表する画家の1人です。
ハンス・メムリンク、メトロポリタン美術館には「聖カタリナの神秘の結婚」

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もあります。
「聖カタリナの神秘の結婚」は他の枚と同じ画家とは思えないほどに大きく全く異なりますが、ともに徹底したリアリティ(現実性)が感じられます。

イタリア・ルネッサンスからゴヤ、アングル、バルデュスまで続くロバート・リーマン・コレクション。三千点近くあり、それ自体1つの美術館を形成できそうですが、メトロポリタン美術館にあっては正面奥の突起物のような部屋です。

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メトロポリタン美術館の本体にまだ入っていません。
いよいよ本館に入ります。

これまで、作品の特徴を際立たせるため、同じ画家の作品を並べて紹介してきましたが、その方法では「ニューヨーク・アート紀行」だけで延々と続いてしまいますので、ここからは作品の画像と簡単な説明に留めさせていただきます。感想・ご質問はお気軽にどうぞ。
去年に東京・京都で回顧展が開かれたルーカス・クラナッハの「パリスの審判」
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(自ら撮影)
「聖バルバラの殉教」

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東京で「バベルの塔」展が開かれているピーテル・ブリューゲルの「収穫する人々」

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(自ら撮影)
やはり「バベルの塔」展で来日しているヒエロニムス・ボスの「地獄へ降臨するキリスト」

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(自ら撮影)
オランダの画家ライスダール「遠くに村のある風景」

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(自ら撮影)
ヨース・ファン・クレーフェ「三連祭壇画:キリスト磔刑」
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(自ら撮影)
クレーフェ「三連祭壇画」は、以前も紹介しましたとおり、上野の国立西洋美術館にクレーフェによる同名の絵があります。
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(自ら撮影)
ニューヨークの作品と上野の作品、見比べてみていかがでしょう?
甲乙付けがたい感じがします。
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ただ、磔刑されたキリストの下に多くの人が集まる上野の絵のほうが、悲劇の様子が強く伝わってくる気がします。
ニューヨークと上野、両方に足を運んで見ることも楽しいのですが、ネット上でこうして比較して見ることも鑑賞法として悪くはないのではと思います。
そして、そのクレーフェ「最後の審判」です。
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(自ら撮影)
上部と下部に分かれていますが、その巧みな構図により壮大な場面をコンパクトに描くことに成功しています。
何人もの人が描かれているのでしょうか。これだけ多くの人が描かれていると「自分もこの中の1人に過ぎないのだろうか」という思いが頭を過ぎります。

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(自ら撮影)
再びハンス・メムリンク。「受胎告知」です。正確さと精緻さ、激しい色使いが際立ちます。

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いよいよ、レンブラントのコーナーへ移ります。

(脚注の無い画像はメトロポリタン美術館のホームページから)

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by zouchan6 | 2017-05-05 06:54 | 旅行 travelling | Comments(0)

ニューヨーク・アート紀行 ③ メトロポリタン美術館①

年度の変わり目でバタバタし、更新が大変遅くなりました。
もう先月の話になりますが、ニューヨーク2日目の木曜は、世界有数の所蔵を誇りニューヨークを代表するメトロポリタン美術館を訪れました。
・正面入り口から
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(自ら撮影)
ふと目を横にすると、数日前に降り積もった雪がニューヨークの道端のあちらこちらに積もっています。

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入り口のドアを開け、荷物検査を済ませ、チケットとなるシールを購入します。
メトロポリタン美術館の入館料は任意制です。「25ドルが目安」とありますが、入館者が自由に決めることが出来ます。
庶民なので毎回1セント(約1円)。メトロポリタン美術館は、そんな庶民でも世界の至宝にありつける有り難い美術館です。
あまりの広さに、古代から近代に向かってタイムラインに沿って鑑賞していると数日掛かってしまいます。館内のレイアウトも、決して厳密に時系列に沿っていません。そのため、ここでは観たい物から観るようにしています。
まずは、正面奥にある突き出た一角の、ロバート・リーマン・コレクションへ。
ここの地下に、小企画展も開催されていたスーラの「サーカスの客寄せ」があります。
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後期印象派に位置づけられている、ジョルジュ・スーラの代表作の1つです。メトロポリタン美術館の所蔵です。
道路に向かって5人のミュージシャンがサーカスの客寄せのために演奏をしています。聴衆には親子連れも見受けられます。右下はサーカスに寄せられてチケットを買う列のようです。
靄がかかった夕闇の中で、サーカス小屋と楽団がガス燈にぼんやりと照らされています。左側に立つ街路樹も都会ならではの雑踏を感じさせます。輪郭は曖昧としながらも、点描による柔らかな色彩が場面の叙情性を高め、サーカスのもたらす活気や期待感を叙情的に深く伝えてくれます。

スーラは”点描の作家”として知られています。
モネ、マネをはじめとする印象派の画家は、筆を均一ではなく分割して描くことで特殊な視覚的・光学的な効果が得られることを学びました。スーラはこの効果を点描へと発展させて全体を描くことに成功しています。
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スーラは、「赤とオレンジ」といった近い色を並べることで遠目には混ざり合った色に見せたり、また「青と黄色」といった補色(対比する色)を並べることでお互いを際立たせる、といった科学的な手法を点描に導入することで、彼独自の色調を獲得することに成功しています。
代表作としては、同じくアメリカのシカゴにある、「グランド・ジャット島の日曜日の午後」
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(画像はウィキペディアから)
メトロポリタン美術館にある「曇りの日のグランド・ジャット」

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などあります。ちなみにこちらの作品、額縁にまで点描が描かれています。
なかでも「サーカスの客寄せ」は、街中の暗さと色彩を両立させながら表現しています。また、複雑な構図を整然とまとめる分かりやすさは、上記の2作品より秀でているようにも思えます。
数あるスーラの中でも横綱級の名作と言えましょう。
そして、この点描の技法は、次世紀のロイ・リヒテンシュタインにまでつながっていきます。
・ロイ・リヒテンシュタイン「溺れる女」
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(MoMAにて自ら撮影)
「サーカスの客寄せ」展では「サーカスの客寄せ」に関連する作品が展示されています。
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そのうちの1つ、オノレ・ドーミエの「強い男」です(所蔵はワシントンDCのフィリップス・コレクション)
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(自ら撮影)
サーカスの客寄せとして、この頑強な男性を紹介しているようです。客寄せで叫ぶ男の両腕や後方のカーテン、後方の人々の様子から、強く客を寄せる品息が伝わってきます。
ドーミエとスーラ、画風は異なりますが、ともに1808年生まれのフランス人です。
ドーミエは風刺画家として、パリの市井の人々の普段の様子を描き続けました。
ドーミエで私が個人的に好きなのは、オルセー美術館にある「洗濯婦」です。

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(画像はウィキペディアから)
母親と思われる女性に手を引かれ、階段を上る女の子のひたむきさが微笑ましくあります。詳細を描かず、曲線的に浮かび上がる母子の一体感が、宗教画のような崇高さを感じさせます。
そしてメトロポリタン美術館には、ドーミエの代表作「三等客車」があります。

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輪郭の曲線さを用いながら、茶色のモノトーンな色調や陰影の深さから、三等客車に黙々と座る庶民の疲れて暗い生活感が伝わってきます。

今回の企画展、特別料金は掛かりません。通常の入館料のみで鑑賞できます(私の場合は約1円)。
ワシントンDCのフィリップス・コレクションから借用してきた「強い男」はじめ借用作品も沢山ありますが、写真撮影も原則可能です。
日本の、特別料金を取る割に撮影もNG、近寄っての鑑賞もNG、最前列で立ち止まっての鑑賞もNGと、NGだらけの展覧会って一体何なんだろう?と海外に出るたび思います。

話をロバート・リーマン・コレクションに戻します。
同コレクションの1階には、銀行家ロバート・リーマンによる、中世から現代美術に至るまでのコレクションが展示されています。

入口で出迎えてくれるのは、ドメニコ・ギルランダイオの「聖クリストフォロスと幼児のキリスト」です。
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ウィキペディアによると、レプロブスという男が「川を渡りたい」と言う男児をおぶったところ、あまりに重かったのでその子に名前を聞いたところ、その子はキリストだった。世界中の人々の罪を背負っているため重かったが、を渡りきったところでキリストは彼を祝福し、「キリストを背負ったもの」という「クリストフォロス」と名乗るよう命じたそうです。
高さ2.8メートルもあり、石に描かれたフレスコ画ですが、600年を超える今でも柔らかい色調が場面を伝えてくれます。
この場面は、ヒエロニムス・ボスも描いています。
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(画像はウィキペディアから)

ギルランダイオは、ルネサンス期のイタリアの画家です。
多くの美しい作品、人間味のある作品を残しています。

・ジョヴァンナ・トルナブオーニ(ティッセン=ボルネミッサ美術館)

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(画像はウィキペディアから)


・老人の鼻が特徴的な「孫と老人の肖像画」(ルーブル美術館)
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(画像はウィキペディアから)

そのギルランダイオから遠くない場所にコレクションの入り口があります。入口にはバルデュスの「暖炉の前の裸婦」もありました。
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(自ら撮影)
バルデュスは、3年前に東京で京都で回顧展が開かれていますので、鑑賞・記憶されている方も多いと思います。
の絵が描かれたのは1955年。ギルランダイオの古さに比べれば「つい先日」の新しさですが、画風は古代ギリシャに近い古典的な色調をにじませ、ギルランダイオの作品とのつながりも感じられます。
ヌードが得意でないのでバルデュス展には足を運びませんでしたが、メトロポリタン美術館でこうして観ると、悪くない気がします。
中に入ると、銀行家らしい優雅なインテリアななか、時代をまとめながら作品が展示されています。
ルネサンス期に近い、エル・グレコの「学者、聖ヒエロニムス」です。
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真っ黒な背景が、聖書研究の歴史に大きな足跡を残す彼の高い業績を浮かび上がらせます。
このような感じで展示されています。
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(自ら撮影)
こちらの、上記のギルランダイオによる聖ヒエロニムスと比較すれば、グレコとのギルランダイオ両者の特徴が分かります。
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(画像はウィキペディアから)
ギルランダイオはリアルに描こうとしているのに対し、グレコは背景を描かず人物が浮かび上がるように描いています。そこから何を感じるのかは観る人次第ですが、私にはグレコの描き方に「対象人物が分かりやすい」「人間の存在感が浮かび上がる」「劇的な人生の内面が筆に表れる」と見て取ります。

ちなみに、グレコの「学者、聖ヒエロニムス」の左にある作品は、グレコの「十字架を担ぐキリスト」です。
肖像はいずれも、人間としての尊さと親しみやすさを兼ね備えています。名画であるゆえんです。
これらの絵画は、豪華なソファに座りながら鑑賞することができます。
この背後(=ソファの裏)には、フランシス・ゴヤの「アルタミラ伯爵夫人とその娘マリア・アウグスティナ」です。
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(自ら撮影)
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ゴヤの作品、メトロポリタン美術館には「アルタミラ伯爵の長男の肖像画」

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「バルコニーのマハ」
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「巨人」


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などあります。
アルタミラ伯爵の家族の肖像画は、宮廷画家としてアルタミラ伯爵からの依頼を受けて描かれたものです。描き描かせた家族の愛情、彼らの愛情や高貴さを余すところなく伝えるゴヤの正確かつ高雅な筆致を存分に感じさせます。
一方、「バルコニーのマハ」と「巨人」はゴヤの”黒い絵”としても貴重な作品です。
どちらの作品も”人間ゴヤ”を知るうえで欠かせない作品群です。
日本では、回顧展でも無いと一堂に観賞できませんが、平時に一堂に観賞出来る点が海外の美術館の強さです。

赤い布壁の隣の部屋には、アングルの「ド・ブロイ公爵夫人」があります。
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夫人は肘を出して、椅子に上半身を預けるように凭れかかっています。上半身は正面斜めに向かっていますが、顔は正面を向き、夫人と画家との緊密な関係を感じさせます。
まばゆいばかりに光る夫人の衣装や装飾品、椅子は、夫人を明るく照らし出し、高貴さを大いに高めています。非現実的とも言える夫人の肌の美しさは、絵としての古典的な理想主義を分からせます。
日本には1枚も無い新古典主義の巨匠。レジオンドヌール勲章をも授かったジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル。
ルーヴル美術館にある「浴女」「グランド・オダリスク」、オルセー美術館にある「泉」、ロンドンのナショナルギャラリーにある「モワテシエ夫人」、ここニューヨークのフリックコレクション(後述)にある「ドーソンヴィル伯爵夫人」とならび、「ド・ブロイ公爵夫人」も、アングルの少ない作品数の中でも理想的とも言えるモチーフ女性の美しさから”横綱級”と言える1枚です。
油絵の額の中から、絵を観る人が公爵夫人を見つめ、対話をしているかのような、親密な雰囲気を感じさせます。

ロバート・リーマン・コレクションだけでも、まだまだ続きます。

(脚注の無い画像はメトロポリタン美術館のホームページから)

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by zouchan6 | 2017-04-25 05:49 | 旅行 travelling | Comments(0)

ニューヨーク・アート紀行 ② 

前回の①では、現地からの速報的にMoMA(ニューヨーク近代美術館)の作品を画像のみで紹介しました。
今回は、MoMAで見た作品の中から、自分なりに省察を加えて紹介したいと思います。

・アンリ・ルソー「眠れるジプシー女」
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アンリ・ルソーの代表作とも言える作品です。
ジプシーの女性が、マンドリンと壷を横に置いたまま眠っています。
その脇を、尻尾を立てたライオンが横切っています。ライオンは、通常なら人間を襲うところですが、ジプシーの女性を横目で見つつ、襲う素振りを見せません。
むしろ、ライオンは、ジプシーの女性を警護しているようにも見えます。
彼女の横のマンドリンは、弾かれてはいませんが、彼女の奏でる音楽を想起させます。
そして隣の壷は、飲むための水入れでしょうか。
これらの物は、使われた形跡はなくとも、彼女の睡眠の安堵感、「安心しきった様子」を感じさせます。
この絵の技巧的な特徴とも言えるのが「グラデーションの多様による画面の奥行きの深さ」です。
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夜空、峰々、川?、地面など大きなモチーフで色の強弱が付けられています。
川では、手前が明るく、奥が黒く。
ライオンの尻尾すら、グラデーションによる明暗が使われています。このグラデーションは、右上の月の光から来る光の明暗とはやや異なります。
それでも違和感を感じさせることが無いのは、この絵が「現実」ではなく「夢の中の光景」を描いているからでしょう。
彼女やライオンに足跡はありません。月も異様に大きく描かれています。
その月に照らされた世界が、ライオンをも穏やかにさせるほど詩的に静謐な世界を表わしています。
そのようななか、彼女だけが虹のような多色の衣服をまとい、存在感を際立たせています。
その存在の際立った彼女に自分を重ね合わせ、彼女と同じような「私的で静謐な安堵感」を感じます。
この「眠れるジプシー女」の隣には、同じくアンリ・ルソーの代表作である「夢」が置かれています。
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こちらも、密林の中になぜかソファが置かれていますが、それは「夢」だからです。
「夢」では裸のままの密林、色の多さ、猛獣というモチーフ、密度の濃い配置などから、賑やかな印象を与え、胸騒ぎを感じさせます。
その「夢」とは対照的に、「眠れるジプシー女」では強い静謐さを感じさせます。
ニューヨークという、喧騒の極みのような街の中心にあり、「夢」の隣にあるからこそ、「眠れるジプシー女」のもたらす安堵感は最大に引き出されるのでしょう。

・マルク・シャガール「私と村」
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こちらもシャガールの代表作と言える、高さ2メートル近い大型の作品です。
この絵、題名は一見勘違いしそうですが、「私の村」(My Village)ではなく、「私と村」(I and the Village)です。この題名の捉え方は人それぞれでしょうが、「私の村」では生まれ育った村の“紹介”になるのに対し、「私と村」では、決して紹介ではなく、シャガールにとっての“生まれ育った村との関係”と観ることができます。
近づいて見ないと分かりにくいのですが、牛と男性の眼は細い線でつながっています。
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この線のように“生まれ育った村との関係”と観ることが、一見難解なこの絵のキーワードになると感じました。
天地が逆さまになる人や家屋。それは、造形的な楽しさとあわせ、村の立体感を想起させます。躍動感も感じさせますが、「関係」として捉えた場合、それはシャガールの願望かもしれません。
画面の中心に位置し、木の頂点を中心とする大きな円は、男性のほうれい線、牛の口ともつながり、大きな調和を感じさせます。
右上から左下に伸びる、赤く太い道のような線は道路を想起させます。ただ、その道路は「村の大通り」といった郷愁を帯びたものというより、「村を出たシャガール自身の道のり」に感じられます。
現在のベラルーシに生まれ育ったシャガールは、20歳のとき、当時の首都サンクトペテルブルクにある美術学校に入り、その3年後、パリに移り住みます。この「私と村」は、パリに移り住んだ翌年に描かれています。
・ベラルーシの風景
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(画像はウィキペディアから)
サンクトペテルブルク、パリと経て、画家としての道を歩き出した24歳のシャガール。題名やその立場を考え合わせると、この絵は「故郷への郷愁」と「故郷からの自立」の入り混じった絵なのでしょう。
題名を基点に、複雑な画面構成から、さまざまな思いを感じさせる1枚です。

・バーネット・ニューマン「Vir Heroicus Sublimis」
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題名はラテン語で「Man, heroic and sublime」(人間らしく、英雄らしく、崇高な)という意味です。
高さ約2.5メートル、幅約5.5メートルもある大きな作品です。
絵の脇の解説に「大きな絵は離れて観がちですが、画家は近くで見る意図で描いています」とあります。
解説のとおりに近づいて眺めてみると、絵以外の周囲が見えなくなり、赤一色の世界になります。
赤以外の白や黒の線によるアクセントは、支配的な赤を強調するかのようです。
眺めていると、「人間らしく、英雄らしく、崇高な」という題にヒントを得ながら、さまざまなことが思い起こされます。
視野に他の物が入ってこないので「絵の世界」に浸れるのです。
それこそ、ニューマンの意図したことなのでしょう。
20世紀初頭、ロシアのカジミール・マレーヴィチがシュプレマティスム(絶対主義)として、形や色によってのみ人間の感情や思想を表現しようと試みました。
・カジミール・マレーヴィチ「黒の正方形」
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(画像はウィキペディアから)

そして、1950年ごろに描かれたニューマンのこの作品では、赤一色をもって「人間らしく、英雄らしく、崇高な」を表現しています。その試みは、「形や色」で表現を試みたシュプレマティスムをさらに進化させ、「形か色」で絶対主義的な表現を試みているように思えるのです。
この絵の右隣には、マーク・ロスコの「10番」、ニューマンの絵の正面にはジャクソン・ポロックの「1:31番、1950年」があります。
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ニューマンの作品ほど絶対的ではありませんが、ニューマンの志向する表現を読み解く鍵にもなるでしょう。

・田中敦子「無題」
MoMAの広々としたロビー。
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そこに、田中敦子の「無題」が掲げられています。

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そもそもMoMAの建物自体が(法隆寺宝物館、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、鈴木大拙館に同じく)日本人の谷口吉生氏による設計です。
そしてロビーに田中敦子の作品があることは、日本人としてとても誇らしいものです。
田中敦子、大阪府の出身で、吉原治良の主宰する具体美術協会の主要メンバーとして頭角を現します。
なかでも、点灯した電球を服に見立てて着る「電気服」は強烈なインパクトがありますが、そのように「時代の先端を行く」前衛的な芸術を志向していました。
この「無題」、8の字のような多色の円環の上に、電線のようなヒモが無数に接続されています。多彩ながらも不規則に線がつながる様は、不気味さをも感じさせます。
一見分かりにくい作品かもしれませんが、IT全盛で、ネットワークや電線ケーブルが蜘蛛の巣のように絡み合っている場面を想像すると、時代と重ねあわせやすいのではないでしょうか。
IT技術が全盛なのは、日本だけではありません。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカなど、世界中がITで覆われています。
この作品は1964年に描かれましたが、IT全盛な21世紀こそ、このような状況に酷似していると言えませんでしょうか。
彼女の芸術、前衛芸術の予見の凄さが、そこに感じられます。

・チャールズ・ホセイン・ゼンデルーディ「父と私」
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 チャールズ・ホセイン・ゼンデルーディ。イラン人の画家です。初めて聞く画家でした。
解説によると、イランの素材を援用しながら、左が自分、右が父を表わし、自己を形成するイラン固有の宗教、文化などを表現しようとしています。
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そこまでは「なるほど。普通かな…」という感じで気軽に眺めていました。
ところが、解説の最後の節を読んで、心臓が止まりそうに驚きました。
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そのまま訳します。

「この画家の出身国の国民がアメリカへの入国を禁止する大統領令が発令されています。この作品のほかにも、イスラム国出身の画家による当館所蔵作品が数点掲げられています。移民を歓迎し自由を尊重する精神は美術館にとって極めて大切な精神であり、アメリカにとっても極めて大切な精神と考えています。」

MoMAは私立美術館ですが、これほどに強い政治的なメッセージを日本の美術館で目にすることがあるでしょうか。
これがアメリカの美術館です。
大きなカルチャーショックを覚えました。

1枚の絵を数秒で見終わる人も多いのですが、1枚の絵で立ち止まり、思考をめぐらすと、5分でも、10分でも、何分でも眺めていることができます。
眺めるほどに細部にも眼が届き、思考も無限に広がります。

展覧会を中心とする日本での美術体験も、悪い体験ではありません。
しかし、本場の海外に身を置き、落ち着いた観賞環境のなか、画家の生涯を傾けた精魂の代表作にじっと触れ続けていると、日本の展覧会では体験し得ないことを感じます。
無限な思考であったり、「壮大な美術史の中での位置付け」であったり、カルチャーショックであったり。
ラスコーの壁画から現大統領まで、人類の歴史はつながっています。
美術の歴史も同様です。

ニューヨーク・アート紀行では、拙い筆ながら、見たこと・感じたことを、旅行記風に綴っていきたいと思います。
ご笑読をいただければ幸いです。

(脚注の無い写真は自ら撮影)

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by zouchan6 | 2017-04-09 12:14 | 旅行 travelling | Comments(0)

ニューヨーク・アート紀行 ①

10年ぶりにニューヨークを訪れてきました。
これまでの鑑賞記では美術以外の内容(観光、食事など)はあまり触れていませんが「美術鑑賞だけでなく旅行の様子も見たい」というお声を受けることもあるため、美術以外の内容にも極力触れていきたいと思います。
今回の飛行機、
・帰りの出発が深夜で1泊浮くこと
・往復10万円と格安だったこと(日系は15万円)
・ニューヨークに着く時間は日系と変わらないこと
・昨年ハワイへ行った際のビビンパが美味しかったこと
などから、大韓航空を選んでみました。
大韓航空の最大のネックは「朝の羽田出発が早過ぎて、前泊かタクシーを余儀なくされる」点です。
今回は前泊せずタクシーとバスを乗り継いで行くことに。
朝3時に過ぎに自宅出発。バスタ新宿までのタクシーは深夜料金2千円。
バスタ新宿からは、朝4時に出る羽田空港行き1番バスに乗車(2千円)。
結局4千円掛かりました。前泊よりやや安いですが、早朝でなければ1200円で済む行程なので、やはりネックです。
羽田空港国際線ターミナルに朝4時半着。チェックイン、出国審査を済ませ、スカイラウンジで待ちつつ、大韓航空ソウル行きに搭乗。
ソウルまでのフライトは2時間。20代と思しき日本人・韓国人女性を中心に機内はほぼ満席。甲府→金沢→隠岐の上空を通ります。ちょこっとした機内食も出ます。
ソウル近郊を機上から眺めて驚いたのは、集合住宅の多さ。
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日本でも高層団地が無いわけではありませんが、首都圏近郊にこれほどはないかと思います。
ちなみに、首都圏近郊で驚くのは「ゴルフ場の多さ」ですが。
定刻どおり、ソウルの仁川(インチョン)空港に到着。この空港を利用するのは初めて。20年以上昔にソウルへ来たときには仁川空港はなく、金浦空港でした。
帰りもこの空港へ寄ることになるので、待ち時間はお土産品の値段を調べておきます(今回は愚息の入学祝も兼ねてクリュッグを検討)。
ソウルからのニューヨーク行き、日本発に同じく約14時間の行程。不思議と、日本人はほとんど見かけませんでしたが、日本人のCAさんは搭乗していました(「日本の方ですね」と気付かれました(笑)やはり日本人の搭乗が少ないのでしょう)。
離陸からほどなくして食事。お待ち兼ねのビビンパです。
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具を自ら混ぜて食べます。ハワイ行きにあったコチジャンのチューブは無かったものの、やはり美味です。
今回は上記の事情で大韓航空を選びましたが、土地の名物を味わえることは旅の楽しみです。
機内ではもっぱら「本を読む(今回は高階秀爾『名画を見る眼』とドラッガー『経営者の条件』を持参)」か「眠る」「パソコンを打つ」ことが多いのですが、座席の映画は「シンゴジラ」を観賞。ゴジラ首都圏出現をめぐる政府関係者の人間模様です。
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ニューヨークのJFK空港に1時間遅れで到着。
入国審査では、日本にもありますが、自動の審査機を通りました。
ニューヨーク、最低気温マイナス5度、雪が積もっています。日本で言えば札幌に来たような感じです。
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エアトレインという無人列車、地下鉄を乗り継ぎ、ヘラルドスクエア近くにあるホテルへ。
ホテルはビルの23階。窓から摩天楼を望めます。
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チェックインしてコーヒーブレイクした後は、早速MoMA(ニューヨーク近代美術館)へ。
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受付には田中敦子さんの「無題」も掛かっています。
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田中敦子さんの作品の中でも大型かつ緻密で、鬼気迫るものを感じます。
コーヒーブレイクでノンビリしたため3時間ぐらいしか居れませんでしたが、それでも横綱級の名画を堪能しました。
全てに解説を書き出すと数日掛かるほどになってしまうため、ひとまず画像を貼ります。
・セザンヌ「林檎のある静物」
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・セザンヌ「シャトーノワール」(黒い城?)
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・ゴーギャン「洗濯婦」
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・ゴーギャン「アレオイの種」
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・ゴーギャン「3匹の子犬のいる静物」
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・ゴッホ「星月夜」
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・ゴッホ「郵便夫ジョゼフ・ルーラン」
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・アンリ・ルソー「眠るジプシー」
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・アンリ・ルソー「夢」
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・ムンク「嵐」

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・ピカソ「水浴びする人」
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・ピカソ「アヴィニョンの女たち」
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・ジョルジュ・ブラック「ギターを持つ男」
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・ジョルジュ・スーラ「オンフルールの夕暮れ」
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・アンリ・マティス「ダンス」
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・アンディ・ウォーホル「キャンベル・スープ缶」
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・ピエト・モンドリアン「ブロードウェイブギウギ」
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・ジャクソン・ポロック「ワン:ナンバー 31」
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・マーク・ロスコ「No.10」
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・ダリ「記憶の固執」
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・マルク・シャガール「私と村」
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・ルネ・マグリット「偽りの鏡」
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・ピカソ「2人の裸婦」
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・ピカソ「鏡の前の少女」
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・ピカソ「馬を引く少年」
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・ピカソ「3人のミュージシャン」
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・ピカソ「アヴィニョンの娘たち」
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・マティス「赤いスタジオ」
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・カンディンスキー「射手のいる絵」
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・キルヒナー「ドレスデンの通り」
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・ジョルジョ・デ・キリコ「愛の歌」
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キリコの部屋。
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キリコの部屋から。
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・フリーダ・カーロ「祖父母、両親と私」
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・フリーダ・カーロ「フラン・チャンと私」
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・ワイエス「クリスティーナの世界」
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・ホッパー「線路脇の家」
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・バーネット・ニューマン「Vir Heroicus Sublimis」
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・ ウィレム・デ・クーニング「女 1」
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・ロイ・リキテンスタイン「溺れる女」
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・ロイ・リキテンスタイン「ボールを持つ女」
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・草間弥生「蓄積 ナンバー1」
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・エド・ルシェ「OOF」
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・カッツ「通過」
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・ブランクーシ「ミル・ポガニー」
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・モネ「睡蓮」
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・モネ「日本の橋」
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最上階の6階では、企画展としてフランシス・ピカビアの回顧展を行っていました。
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日本と異なり、企画展でも特別料金無しに入れますし、写真も撮影可能です。
海外でこの感覚を知ってしまうと、「特別料金で写真も撮れない」日本の企画展に違和感を感じてしまいます。
・ピカビア「ブルドッグといる女性」
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・その他、多様な画風を追求したピカビアの作品
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ここに載せるだけでも実はクタクタです。
でも、どれも美術史を彩る横綱級の名作、外す訳にはいきません。
とはいえ、解説や感想を書かないのも芸が無いので、カンディンスキーの「射手のいる絵」を採りあげます。
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この絵、一見分かるにくい絵ですが、「射手のいる絵」というタイトルがあるので、右下に馬に乗った射手がいるのが分かります。
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太い線と色で抽象化しています。
よくよく眺めていると、左下に複数の人物(射手を眺める人達?)や村の様子が分かります。
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そして、中心部には大きな塔のようなオブジェがあり、その右手には草木のようなオブジェがあることも分かります。
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抽象画のように見えながら、実は村の風景を描いていることが分かります。
原型を維持しながらも、形や色の細かい部分を描かずに抽象化しています。
カンディンスキーは、初期の具象画から、モネの「積み藁」などの絵に刺激・影響を受けながら、それまでどの画家も踏み入れたことの無い抽象画の道へと徐々に向かっていきます。
上記の高階秀爾先生『名画を見る眼』の続編『続 名画を見る眼』(岩波新書)では、カンディンスキーの絵画論について以下のように触れています。

「芸術作品は、内的要素と外的要素のふたつの要素から成る。内的要素というのは、芸術家の魂の感じた感動であり、芸術家はその感動を、感覚を通して作品にまで造形化する。一方、観客(鑑賞者)は、逆にその造形化された作品を自己の感覚で受けとめて、自己の魂の中に芸術家の感じたような感動を体験する。この両方の感動がなければ、芸術家は成立しない。」(185ページ)

「カンディンスキーは、絵画を成立させる霊感源となるものとして、具体的に次ぎの三つの源泉を指摘している。
(1) 外部の自然の直接の印象(これをカンディンスキーは「印象」と名づける)
(2) 内部性格、非物質的(すなわち精神的)性質をもった大部分無意識的な、偶発的表現。(これを彼は「即興」と呼ぶ)
(3) くり返し、ほとんど学問的に仕上げられ、時間をかけて形づくられた内部感情の表現。(これを彼は「コンポジション」と呼ぶ)」(186ページ)

カンディンスキーの絵画は、このような精神の生成過程を経て出来上がっています。
カンディンスキーの感じた感動を、自己の感覚で受けとめて体験することができるかが、見る側に問われているのです。
こちらで先日触れた、東京の近代美術館(MOMAT)にあるカンディンスキーの「全体」についても、同じように観賞できます(カンディンスキーの定義で言えば「全体」はコンポジションでしょう)。

1枚の絵がもたらす精神作業は深く、名画と言われる作品ほど精神作業の度合いが深くなります。
MOMAに居たこと3時間。ヘトヘトになりましたし、それでもまだまだ観足りないくらいです。

そんな足どりのなか、いったんホテルに戻ったあとは、初日の夜ながらメトロポリタンオペラの鑑賞へ。
場所は地下鉄で数駅のリンカーンセンターにあるメトロポリタン歌劇場。
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演目は、シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」。
まずは地下に演者の写真が並ぶ中
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ようやっと小沢征爾さんを見つけました。
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座席は天井桟敷でしたが、ここで役立ったのが単眼鏡。
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美術観賞用に購入・持参していましたが、オペラ観賞用にも役立ちました。
最前列に行かないと見れないような役者さんの表情や細かい部分がよく見えます!
左眼で英語の字幕を追い、右眼の単眼鏡で舞台を追います。
演目も「ロミオとジュリエット」とあってキスシーンも多くありましたが、それも単眼鏡で・・・
それはさておき(笑)、セリフの意味が分かったり、舞台の役者さんの表情が分かると観賞が全く違うものです。

そして幕間の休憩時間はバーでシャンパン。
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普段飲みのルイ・ロデレールが置いてありました。
バーで飲みながら見上げると、シャガールの大作「音楽の勝利」が。
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1966年に作成されたこの作品。シャガールの出身国ロシア(ソ連)とアメリカは当時冷戦下にありました。シャガールは米ソ冷戦下にあって平和の願いを込めて、ここメトロポリタン歌劇場のために描きました。
この作品も、まず日本に来ることは無いでしょう。
感動的な「ロミオとジュリエット」の終了は、10時半を回っていました。
ホテルに戻ると、窓からの景色が夜景に変わっていました。
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初日ながらも中身の濃い1日でした。
(写真は全て自ら撮影)

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by zouchan6 | 2017-03-16 22:43 | 旅行 travelling | Comments(0)

ホノルル美術館を訪れて<②東洋美術・現代美術編>

ホノルル美術館の続きです。
ホノルル美術館は、西洋画と同等かそれ以上に東洋美術、なかでも日本美術の作品を多く所蔵・展示しています。
これは、同じアジアの中国・韓国に比べ、日系人がハワイ州に多いことも関係しているかもしれません。
そして、ボストン美術館、ワシントンDCのフーリア美術館に代表されうように、アメリカの美術館は浮世絵を中心に日本の美術の逸品を所蔵しています。ここホノルル美術館も例外ではありません。
まずは狩野宗秀(かのうむねひで)の扇子「京都風景」から。
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(自ら撮影)
狩野宗秀は安土桃山時代の狩野派の絵師で、狩野永徳の弟です。
宗秀の作品で有名な作品は、歴史の教科書でお馴染みの「織田信長像」でしょう。
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(画像はウィキペディアから)
この「織田信長像」に同じく、「京都風景」も彼の端正な筆遣いを感じます。建物、とりわけ屋根の輪郭線の描き方が正確で、写真を眺めているような気すらします。そのうえ、扇子の形状に合わせ下部を弓なりに描いていますが、その弓なりの違和感も感じさせません。
そして、建物の下に、京都の庶民の生活風景も細かく丁寧で筆で描いています。
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(自ら撮影)
この「京都風景」を観ていると、「織田信長像」も本人にかなり正確に描いているのではと思わされます。
ホノルル美術館は、展示されているだけでもこの「京都風景」を十枚も展示していました。当時の京都、狩野宗秀を知るに十分すぎる点数です。

狩野派としては、展示されていた屏風の中では最も大きい狩野興以(かのうこうい)の花鳥図屏風がありました。
・右双
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(自ら撮影)
・左双
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(自ら撮影)
自ら撮影した画像よりも鮮明な画像がウィキペディアのありましたので、併せて紹介します。
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(画像はウィキペディアから)
狩野興以は宗秀から時代やや下って、安土桃山時代から江戸時代にかけての絵師です。
全体としても構図が出来上がっていますし、部分的に切り取ってみても大胆で見事なものを感じます。
生き物の描き方も正確です。

その興以の左に展示されていたのが、狩野永徳「老松桜図屏風」です。
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(自ら撮影)
この絵も、自ら撮影した画像よりも鮮明な画像がウィキペディアのありましたので、併せて紹介します。私が撮る意味ありませんでしたね(;^_^A
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(画像はウィキペディアから)
狩野永徳、言わずと知れた狩野派の大家です。
大徳寺で特別公開されている聚光院障壁画
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(画像はウィキペディアから)
・洛中洛外図
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(画像はウィキペディアから)
はいずれも国宝に指定されています。
宮内庁が所有する「唐獅子図」も、歴史的に謎の多い名作です。
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(画像はウィキペディアから)
生き物は描かれていませんが、永徳らしい大胆な描き方です。自然のダイナミックさと、そこに反映されていると思われる当時の人間の大胆で力強い思いを読み取ることができます。
ある意味、秀吉などの権力者に重用された狩野派らしい、武家社会を思わせる大胆さといえるでしょう。
日本でもなかなか見ることができない、国宝級とも言える永徳の屏風を、ハワイで見れるとは・・・

永徳の屏風を眺める背中の後方には、陶磁器や工芸品が置いてあります。
さりげなく置いてありますが、常夏のハワイにあるとは思えないほど、どの作品も保存状態が良好です。
20世紀の芸術家・北大路魯山人の茶碗です。
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(自ら撮影)
そんななか、四角いお皿が5枚。見ると、尾形乾山。
尾形乾山は前にも触れましたが、乾山は尾形光琳の6歳年下の弟です。
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(自ら撮影)
地味な柄ながら、上品で落ち着いた雰囲気が感じられます。
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(自ら撮影)
特集展示的に「禅」のコーナーもありました。
禅にまつわる掛け軸、水墨画、仏像、はてまた現代美術まで置いてあるのがアメリカ流です。
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(自ら撮影)
こちらは江戸時代初期の書家・本阿弥光悦の茶碗です。
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(自ら撮影)
光悦には、国宝に指定されている楽焼白片身変茶碗の「不二山」という作品が日本にありあす。
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(画像はウィキペディアから)

こちらは、江戸時代に描かれたと思われる襖です。絵師は不明ですが、竹やぶのそこそこ大きな襖です。
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(自ら撮影)
見ると、手前に2畳分の畳が。
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(自ら撮影)
近づいてみると
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(自ら撮影)
こういう体験型鑑賞、体験せずには居られません(笑)。
金沢21世紀美術館では「すべり台のオブジェ」を体験したせいでスーツのお尻を破いてしまいましたが(涙)、ここは遠慮なく上がらせていただき、畳の上でリラックスしながら鑑賞させていただきました。
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(自ら撮影)
足、見苦しくて申し訳ありません(;^_^A

日本美術コーナーでゆっくり寛いだ後は、現代美術のコーナーへ。
奥の新館では、アメリカの現代美術とハワイの美術を中心に展示しています。
アメリカの現代美術はリヒテンシュタイン「黄色いコップに黙想する女性」
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(自ら撮影)
ヨゼフ・コーネル「無題」
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(自ら撮影)
・ヨゼフ・アルバース「正方形へのオマージュ:青の秘密」
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(自ら撮影)
サム・フランシス「黒と赤」
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(自ら撮影)
ロバート・マザーウェル「無題」
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(自ら撮影)
ロバート・エイムソン「大統領特別補佐官」
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(自ら撮影)
といったアメリカらしい作家が並ぶ中、目を引いたのが、ジョージ・シーガルの「黒い壁にもたれかかる日本人男女」です。
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(自ら撮影)
ジョージ・シーガルはアメリカの彫刻家で、人体を型取った作品を多く制作しています。
・郊外の男女とパンを待つ列
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(画像はウィキペディアから)
ジョージ・シーガルはニューヨークを拠点に滞在していました。
この「黒い壁にもたれかかる日本人男女」も、ニューヨークの日本人でしょうか。
この作品が特に日本人である理由は不明で、日本人である必然性はないように思えますが、ジョージ・シーガルの作品は日常のありふれたひとコマから人間の中に潜む苦悩や煩悩、その向こうにある社会的矛盾・不条理を体現しているように思えます。
その意味では、この作品のモチーフが日本人であることは、日本人として深い洞察や共感を得られるのではと思います。
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(自ら撮影)

ハワイ美術のコーナーでは、ハワイ出身もしくはハワイを題材にした作品を展示しています。
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(自ら撮影)
その一角に、ヒューベルト・ボスという画家のコーナーがあります。
・コロモナ:ハワイの叙情詩人
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(自ら撮影)
・ヒューベルト・ボス「自画像」
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(画像はウィキペディアから)
ヒューベルト・ボスはオランダのマーストリヒトに生まれましたが、43歳のときハワイを訪れました。
・ハワイの魚の習作
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(自ら撮影)
・イオケパ:ハワイの少年漁
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(画像はウィキペディアから)
いずれも無題と称する静物画も描いています。肖像画と同様に、静寂な雰囲気の中に存在感を強く感じる、深い作品です。
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(自ら撮影)
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(自ら撮影)

ホノルル美術館、ここに紹介した作品はほんの一部で、膨大な作品を所蔵・展示しています。
ハワイは、地政学的にアメリカ大陸・ポリネシア諸島・アジアの中間地にあり、それらの文化の交差点でもあります。
人間面でも、アメリカ人を中心に、ローカルなハワインア・ポリネシアン、日系人と多種多様です。
ホノルル美術館は、ハワイのそのような地理・人種を反映したような美術館として、各文化の一級品を展示しています。
上記で、1つだけ抜け落ちている文化があります。
イスラム文化です。
その欠落を補うかのように、ホノルル美術館では、イスラム文化の粋を集めたシャングリラ邸のツアーを唯一主催しています。
ハワイへは6回目の訪問となりましたが、今回初めてこのシャングリラ邸のツアーに参加することができました。その報告は後日したいと思います。

観光客の多いワイキキからは路線バス(ザ・バス)で20~30分掛かりますが、最近では観光用のトローリーでもダウンタウンコースの立ち寄り地にもなっているようです。また、ホノルル美術館から山側に向かった中腹には、かつて新聞王の邸宅だったスポルディングハウス(ホノルル美術館別館)もあります。現代美術や遠景(ダイヤモンドヘッドと海)を鑑賞しながら、ホノルルの実際の豪邸の雰囲気も堪能できます。
さらに、ホノルル美術館の少し西には州立美術館(ハワイの現代美術館が中心)もあります
何度訪れても、訪れるたびに趣きが深まるホノルル美術館でした。

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by zouchan6 | 2016-07-03 17:51 | 旅行 travelling | Comments(0)