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by zouchan6 | 2017-06-19 07:20 | 美術鑑賞 art watching | Comments(2)

ニューヨーク・アート紀行 7 メトロポリタン美術館 ⑤

ニューヨークなので洋画が続いてきましたが、メトロポリタン美術館には日本画・日本美術のコーナーもあります。
「メトロポリタン美術館の日本画」として有名なのは、尾形光琳「八橋図屏風」
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(画像はウィキペディアから)
昨年来日した、鈴木其一(すずききいつ)「朝顔図屏風」
・左隻
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(画像はウィキペディアから)
葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」
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(画像はウィキペディアから)
など、日本を代表すると言っても過言ではない美術品を所蔵しています。
訪問したに見た作品、まずは酒井抱一「桜図屏風」です。
・左隻
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・右隻
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(自ら撮影)
酒井抱一は鈴木其一の師匠にあたります。
尾形光琳から遅れること103年後に神田で生まれた酒井抱一は、光琳に心酔し「光琳を再興しよう」と江戸琳派を立ち上げます。
まず、通常は群生していることが多い桜の木を、右隻と左隻で1本ずつ描いているところに抱一の独特な構図感覚を感じます。
1本1本の樹の存在感は、さながら唯我独尊な武士を見ているかのようです。
そして、両隻、とりわけ右隻では、桜の根幹である幹の下部をあえて描いていないところに、抱一の斬新な空間感覚を見ます。幹をあえて描かないことで、樹の高さも感じます。

次に、俵屋宗達の絵、竹内俊治の文による「伊勢物語図色紙 うつの山」です。
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(自ら撮影)
文は「駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり」と書かれています。
恋歌です。
俵屋宗達といえば、言わずと知れた「風神雷神図」でしょう。
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(画像はウィキペディアから)
「風神雷神図」の構図の大胆さ、立体感が、「うつの山」にも生かされています。
「うつの山」、現在では、静岡県静岡市駿河区宇津ノ谷と藤枝市岡部町岡部坂下の境にある宇津ノ谷峠を指すようです。
伊勢物語の該当箇所を引用します。
「宇津の山にいたりて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、つたかへでは茂り、物心ぼそく、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者すぎゃうじゃあひたり。「かかる道はいかでかいまする」といふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。
 駿河なる宇津の山べのうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり」

・歌川広重「東海道 廿二 五十三次 岡部 宇津の山」
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(画像はウィキペディアから)

次は、長沢蘆雪「雪狗子図襖」です。
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(自ら撮影)
長沢蘆雪、2月に「2017年 おすすめ展覧会・美術館②」で紹介しました。江戸時代の絵師で、円山応挙の弟子に当たります。応挙のダイナミズムさを発展させた、個性的な画風と動物の可愛らしさが特徴です。
「雪狗子図襖」は、ほとんど何も描かれていないかのような襖に、左上に峰、右下に仔犬達が薄く描かれています。
「何も描かれていない」のは、決して何も描こうとしていないのではなく、雪を描いたものと思われます。
長谷川等伯の「松林図屏風」に似た、空気感です。
そして、この絵を独特で魅力的にしているのは、なんと言っても雪ではしゃぐ仔犬達の嬉しそうな様子でしょう。
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(自ら撮影)
最小限の線で描いているからこそ、仔犬達の存在感の強さを感じられます。「余分な物を描かず、必要最小限に描くことでモチーフを最大限に強調する」水墨画の醍醐味を分かりやすく学ぶことができる作品です。

置かれているのは古い絵画だけではありません。
千住博さんによる「水神宮」
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(自ら撮影)
イサムノグチ「水石」

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(自ら撮影)

三代目徳田八十吉による「輪花」
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(自ら撮影)
と、現代美術もあります。
また、最近は運慶展、快慶展と仏像ブームですが、奈良国立江戸時代の仏師、木喰上人による不動明王
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(自ら撮影)
院湛による地蔵菩薩立像
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(自ら撮影)
もあります。
西洋美術に比べると大きなコーナーではありませんが、ニューヨークのマンハッタンの中心部で日本美術のエッセンスを感じることができる貴重な一角です。
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by zouchan6 | 2017-06-17 04:29 | 美術鑑賞 art watching | Comments(0)

ニューヨーク・アート紀行 ⑥ メトロポリタン美術館 ④

前の投稿から空いてしまいました。
メトロポリタン美術館、訪問順に感想を書いてきましたが、コレクションがあまりに膨大で、紹介するのも、そしてお読みいただくほうも大変かと思います。
私自身、全ての作品を総花的に鑑賞するのではなく、気に入った絵の前でじっくり思索に耽りながら鑑賞します。気に入った絵の前では短くても5分、深みに嵌ると30分は観賞しています。
そこで、コレクションの全容も紹介しつつ、気に入って思索に嵌った絵を中心に紹介していきたいと思います。
最初に紹介するのはニコラ・プッサン「サビナ女の略奪」です。
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(自ら撮影)

ニコラ・プッサンは、16世紀から17世紀(日本では江戸前期)を生きた、バロック時代のフランスの画家です。
題材・画風とも古典主義が特徴ですが、画面に多人数を描く点が特徴です。
この「サビナ女の略奪」も、30人以上はいますでしょうか。
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(自ら撮影)
「サビナ女の略奪」、勇猛なローマ人兵士達が妻を求めるため、サビナの女性を広場に集め略奪した話に由来しています。
左右に人馬が走り回り、激しい略奪と抵抗の様子を、1枚の画布に収めています。
人物・背景などの描写の正確さ、激しさに同調する彩りの多さ、皮膚・衣服などの光沢の質感(筆致)の高さ、多人数の激しい場面をバランスよく納める構図の巧みさ、激しい場面ながらも血生臭さを排除した古典主義的な高雅さ。
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(自ら撮影)
さながら、その場に居合わせたか、映画の一場面を見ているかのような、高い臨場感があります。映画もテレビも無かった当時、この絵は驚きと賞賛をもって評価されたことでしょう。
完璧なまでに多くの要素が盛り込まれています。名画の名画である所以です。

続いて、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「悔悛するマグダラのマリア」です。
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(自ら撮影)
ラ・トゥールは同名の絵を数枚描いています。
・パリ、ルーブル美術館蔵
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(画像はウィキペディアから)
・ワシントンDC、ナショナル・ギャラリー蔵
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(画像はウィキペディアから)
・ロザンゼルス郡美術館蔵
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(画像はウィキペディアから)
どの絵にも独特な雰囲気、魅力があります。メトロポリタン美術館の作品も外せません。
マグダラのマリアは、聖母マリアと並び聖書(福音書)に登場する女性です。
多くは「罪深き女」として描かれています。
暗い闇(夜?)のなか、鑑賞者からは顔をそむけ、しゃれこうべに手を置き、蝋燭の炎を見つめながら彼女が悔悛する姿に、観ている側も惹き込まれます。
クリスチャンではありませんが「毎日の多忙ななか、どれほど反省や振り返りができているだろうか」とも内省させられます。
ラ・トゥールはプッサンとほぼ同世代に生きました。同じフランス人の画家ですが、プッサンとは異なり、少ない人数で、人物を大きく描いています。夜の場面が多いことから「夜の画家」とも呼ばれています。
・聖ヨゼフ(ルーブル美術館)
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(画像はウィキペディアから)
・ダイスの振り手
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(画像はウィキペディアから)
なかでも「悔悛するマグダラのマリア」は、鑑賞者を思索・内省に誘い込む深さがあるように思え、引き寄せられます。

続いて、アーノルド・ベックリンの「死の島」です。

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(自ら撮影)
自分で撮影した画像よりも、ウィキペディアの画像のほうが鮮明ですので、そちらも掲載します
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(画像はウィキペディアから)
この絵は、自分なりの「世界で私の好きな5枚」の1枚に挙げています。
ベックリンの「死の島」は、世界に5枚あります。
・ライプツィヒ造形美術館蔵

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(画像はウィキペディアから)
・旧ナショナルギャラリー蔵
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(自ら撮影)
どの絵も独特な雰囲気がありますが、私はその陰影の深さ、構図の落ち着きなどから、メトロポリタン美術館の作品が好きです。
人間はどの人も例外なく、死の瞬間に向かって生きているとも言えます。
その死後、遺体は「生の島」から隔絶された「死の島」へと運ばれます。火葬が法定されている日本では「荼毘に付される」とも言います。
「そこへ向かって生きている」と知りながら、生きている間は見ることもなく、そこには音も無い「死の島」。
あえて絵にすると、まさにベックリンの描いたような島なのでしょうか。
「火葬と土葬の違いはあるけど、私もこの棺桶のように、この島に向かって生きているのだろうか」と思うと、この絵の前では足を止めざるを得ません。
この絵を初めて知ったのは、今から30年近く前のニューヨーク旅行ででした。
まだ絵のこともほとんど知らないなか、この絵はメトロポリタン美術館 の回廊にひっそりと飾られています。
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(自ら撮影)

回廊を歩いているときに、たまたま目に止まりました。テーマのあまりの強さに、絵の前で長い間立ち尽くしてしまい、死について考えさせられました。
あれから30年近く経った今でも、この絵の前では立ち尽くしてしまいます。
回廊にあるので、ほとんどの鑑賞者が気付かずに通り過ぎてしまいますが、それではもったいないほどの、椅子にでも座ってじっくり観賞しても余りある1枚だと思います。

次は、時代が遡って、カルロ・クリベッリの「聖母と子」です。
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(自ら撮影)
カルロ・クリベッリは、15世紀イタリアのルネサンス初期の画家です。
クリベッリについてはこちらで幾度と採りあげていますのでご存知の方もあるかと思いますが、その精緻な筆、金を中心にした彩りの多さと彩色のバランスには目を見張るものがあります。イタリアルネサンスの初期ながら、クリベッリならではの独特な印象、雰囲気があります。

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(自ら撮影)
こちらは、クリベッリとほぼ同世代のフィリッポ・リッピによる「聖母と子」です。
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(自ら撮影)
リッピのこの絵も、聖母の衣服の色遣い、聖母や子の表情、遠景を交えた構図などに極めて巧みなものを感じます。
こちらは、クリベッリに同じヴェネツィア派のジョバンニ・ベリーニによる聖母と子」です。
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(自ら撮影)
クリベッリに同じヴェネツィア派とあって、陰影の深さ、筆の精緻さなどは似たものを感じます。
3人はほぼ同世代ですが、その活動拠点から、リッピとベリーニはフィレンツェ派、クリベッリはヴェネツィア派と称されています。リッピはボッティチェリの師でもありました。
並べて観賞することで、リッピとクリベッリ、ベリーニの違い、ひいてはフィレンツェ派とヴェネツィア派の差異・特徴も浮かび上がってきます。
このように、美術史に登場する画家の代表的な作品をひと通り集め、広く落ち着いた観賞室のもと、ときには比較しながら、ときには解説を読んだり、内省にふけりながら、じっくりと観賞できます。
「本来、美術鑑賞とはこうあるべき」と教えてくれているかのようです。
これこそが、海外での美術鑑賞の醍醐味です。

メトロポリタン美術館、どうも先へ進めません。
続きます。

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by zouchan6 | 2017-06-10 14:55 | 美術鑑賞 art watching | Comments(0)