Bunkamuraで開催されているラファエル前派展、先月足を運び感想も書きましたが、その後ある先からチケットを入手したため、予定外でしたが再訪してきました。
展覧会も再訪となると、前回ひと通り観ているため、落ち着いて鑑賞できます。 前回感じた印象を再確認しつつ、今回新たな良さも発見しました。 ① フレデリック・レイトン「プサマテ」 (画像はこちらから) 展覧会ではアルバート・ジョゼフ・ムーアの 「夏の夜」という大型の絵 (画像はウィキペディアから) の右隣にあって目立たない存在ですが、肉感的な後ろ姿がとりわけ目を惹きました。 プサマテは、古代ギリシア神話の海の妖精です。プサマテは、審判官アイアコスに情事を迫られ、それを嫌ってアザラシに変身したものの、アイアコスに強姦されてしまいます。 とても悲しい妖精ですが、その悲しさ・悔しさを伝えるかのように、彼女は観る人に背を向けています。 顔の見えない彼女は、どのような表情をしていたのでしょうか? 想像するだけで切なくなります。私の憶測では、頭部のややぼやけた描き方から慟哭しているように見受けます。 レイトンの描く女性には、「漁夫とセイレーン」というとても官能的な絵があります。 (画像はウィキペディアから) セイレーンは上半身が人間の女性、下半身は人魚の姿をしている海の怪物です。岩礁から人間を美しい歌声で人を惑わし、遭難や難破に遭わせ、喰い殺します。英語のサイレントの語源にもなったセイレーンですが、この激情的な絵にも凄惨な話にも、顔の表情が見えないせいか、どこか切ない寂しさを感じます。 セイレーンの魚の足に漁夫も絡まれていきます。漁夫は昏睡しているように見えますが、やや恍惚・安心しているようにも見えます。少なくとも、悲愴には見えません。そして、この恍惚さが、漁夫に腕を絡めて顔を近付けても愛し合えず顔も見てもらえない彼女の切なさを、一層増幅しているように私には思えます。 こういう深い思惟(勝手な連想?(笑))を与えてくれる絵が、一番好きです。 ② フレデリック・ワッツ「十字架下のマグダラのマリア」 (画像はこちらから) 前回最も印象に残ったのはフレデリック・ワッツの「愛と生」でした。 その良さも改めて確認しつつ、今回は同じワッツの「十字架下のマグダラのマリア」も印象に残りました。 マグダラのマリア、(諸説ありますが)若い頃は自らの美貌に溺れて罪深いことをしつつ、イエスによって改心し、イエスに従ったとされています。 ワッツの絵は、イエスが磔にされた十字架の柱の下で彼女が悲嘆に暮れている場面を描いています。 暗い夜空の背景のなか、マグダラのマリアだけが照らされています。絵の脇の解説には「マリアは磔にされた十字架のイエスのほうを見て」とありましたが、私には眼は開いていないように思えます。 生気を失った肌の色、放心して力の抜けた足腰、力無く垂れ下がる腕や指、(「心のひだ」とも言いますが)服の細かいひだ、暗い夜空。それらのすべてが、彼女の深い悲嘆を表現しているかのようです。 前回触れた「愛と生」に同じく、ワッツの絵からは、技巧的な美しさ、正確な描写力に裏打ちされた朦朧体に加え、深い思惟を感じさせます。 ワッツは、今回展示されていた「『希望』のためのスケッチ」を①のレイトンに贈っていたようです。 (画像はこちらから) 2人の仲が良いのも個人的には頷けます。描き方こそ違え、ともに深い思惟を感じます。 ③ バーン・ジョーンズ「フラジオレットを吹く天使」 (画像はウィキペディアから) 展覧会の公式ホームページ・主要作品紹介でも紹介され、前回も気にはなっていましたが、今回あらためて良いと感じました。 色調はこの時代にしてはやや沈んだ感じですが、それが中世の絵のような高雅な雰囲気を醸しています。フラジオレットという木管の古楽器がその雰囲気をますます高めます。 この絵に惹かれたのは、それらの優雅さ、色調、モチーフにあわせ、バーン・ジョーンズの絵に感じる「風」です。 横に展示されていた、3メートルを超える水彩画の大作「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」でも、空中に飛ぶ北風と南風の女性像が描かれ、風が舞う様子が絵に大きな躍動感と立体感を与えています。 (画像はウィキペディアから) 「フラジオレットを吹く天使」でも、フラジオレットから吹き出す音と風が、天使を包み込み、そのまま観る人を包み込むかのようです。 色調や明瞭な線がもたらす中世的(ラファエル以前のフラ・アンジェリコあたり?)な高雅な雰囲気とあわせ、風や音といった五感に訴える近代的な要素も織り込まれたバーン・ジョーンズの絵に、ラファエル前派の1つの大きな到達点を見い出した思いでした。 ・フラ・アンジェリコ「受胎告知」 (画像はウィキペディアから) バーン・ジョーンズの後にはウォーターハウス、エレナー・ブリックデールが展示され、野球で言えば8回裏あたりですが、最も盛り上がるこのクライマックスにバーン・ジョーンズの絵が置かれていることも頷けます。 同じ展覧会を二度訪れる機会はあまりありませんが、今回期ぜずして再訪の機会を得ました。 一度目のようなサプライズ・驚きはないものの、二度目となると鑑賞に落ち着きが生まれ、一度目の感想を確認しつつ、新たな印象も生まれます。 今回は触れませんでしたが、一度目に印象に残った絵について、その後調査を進めるうちに多くのことが分かり、その検証もすることができました。 同じ絵を繰り返し観ることは、決して無駄ではなく、なかなかに収穫の多い作業です。 そのようなことを感じながら、帰り際にはミュージアム向かいの本屋にも寄り、心地良く帰路に着きました。
by zouchan6
| 2016-02-28 08:13
| 美術鑑賞 art watching
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Comments(1)
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desire_san at 2016-03-01 18:46
こんにちは。
私も『ラファエル前派 英国の夢』展を見てきましたので、改めて注目された作品の大きな画像とご紹介読ませていただきその絵画の美しさが再び目に浮かび、ラファエル前派展』展を追体験することができました。バーン・ジョーンズの作品に、フラ・アンジェリコの高雅な雰囲気を感じる感性は斬新に感じました。私も、バーン=ジョーンズの『スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁』などの個性的な作品にも魅了されました。ほかに優れた描写力のミレイの『春(林檎の花咲く頃)』をはじめ多くの作品が見られてよかったと思いました。 私は今回の『ラファエル前派 英国の夢』展から印象に残った作品について感想などとそれそれぞれの画家の魅力につついて書いてみました。あわせて今回の展覧会を見てラファエル前派という美術運動がなんだったのかという点についても考察してみました。読んでいただけると嬉しいです。ご意見・ご感想などコメントをいただけると感謝いたします。トラックバックも大歓迎です。
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